オマヌケイッヌ

生まれてから中学生頃まで犬を飼っていた。

いや、正確には私が生まれる前からいたから、どちらが飼われているか分かんないようなもんだ。

秋田犬と何かの雑種で茶色の毛並みの、大きな犬。

見た目は柴犬。

 

名前をカールと言う。

「口の周りが黒くてカールおじさんみたいだからカールなのよ」と母が言っていた。

大層乱暴な名前の付け方だ。

オスならまだいい。ところがどっこい、メスなのである。

これが人の子だったら、女の子なのに権兵衛とかつけられたようなもんだ。うへぇ、たまったもんじゃない、口の周りが黒くなくて良かった。

 

 

話を戻そう。

そのカールは私が物心ついた頃から

オマヌケイッヌであった。

毎回「横を歩きなさい」としつけられているのに、いざ散歩になると渾身の力でリードを引っ張り、母をムキムキゴリラ主婦にした張本犬だし、子どもとおじさんは苦手なのにお姉さんを見つけるとハアハア息を切らせて近づこうとする変態オヤジみたいな犬でもあったし、

おまけに食糞した口で近づき、ペロペロ舐めてくるからたまったもんじゃあない。

極め付けは、脱走事件である。

小屋に繋いでいたリードを引きちぎり脱走し、近所の小屋でネズミ取り餅に捕まって動けなくなっているところを捕獲されたのだ。

その瞬間、本当にオマヌケイッヌなのだなぁともはや感心した。

 

彼女だけがオマヌケイッヌならいいのだ。

せいぜい、オマヌケイッヌの飼い主の娘というハンコを押されるだけである。

問題はムキムキゴリラ主婦こと、うちの母がしばしばオマヌケイッヌと私の名前(以下、◯◯)を呼び間違えることだ。ちょっと想像してみてほしい。

呑気に散歩につきあっていたら、いきなり「コラッ!◯◯!」と怒られるのである。その度、私はビクッと体を飛び上がらせて驚く。兄弟で名前を間違えるのはよくあるが、まさか犬に間違えられようとは。とんだ迷惑である。

「コラッ!◯◯!」くらいならまだいいのだ。

私はそのうち、

「◯◯!そんなところでオシッコしないの!」

などという強烈なフレーズがかーちゃんの口から飛び出ないかを心配するようになった。そのようなこと、人前で大声で言われようものなら、顔面真っ赤で走り去り、あまりの恥ずかしさにシクシク泣かなければいけない。

 

しょっちゅうオイタをするオマヌケイッヌと、そのオマヌケイッヌに私の名前で呼びかける母。そのダブルコンボならオシッコの濡れ衣を着せられるのは時間の問題だろう。

 

残念ながら、その心配は杞憂に終わった。

オマヌケイッヌだったが、なんだかんだかわいかった。

 

私も弟もしばしば「犬飼おうよぉ〜」とゴネるのだが、母の返しはいつもこうである。

「私はあなたたちを飼うので精一杯よ!!!」と。トホホ。